龍聖が手羽先をちぎって投げる

まぶたの裏に5キロのダンベルを隠してる

唐突に始まって続きが書かれることは無いであろう小説を書きました

耳障りなセミの鳴き声が、目的地への集合を急かすように僕の鼓膜を直接揺さぶる夏のある朝のことだった。

 夏休みもまだ4日目だというのに、僕らのクラスの委員長である下北沢半三郎とかいうイカれた名前のクレイジーゲジ眉毛が、朝から僕のLINEアカウントに直接「夏休みの課題を皆でやるから、僕が教えてやるから早く来い」と予定にもないメッセージを送り出すものだから、本来なら「前も見ずに走る名前も知らない少女が自分のズボンにアイスクリームをぶつけて来ても、ニッコリ笑って“悪ぃな、俺のズボンがお前のアイスクリームを食っちまった」と言いながら新しいアイスクリームを買える分の小遣いを差し出すことが出来るような温厚な性格”の僕でも流石にイライラしてしまっていた。

 今僕は、僕が「クラスで唯一バイトしてる人物だから」という理由だけで国民の三大義務の一つであるかのように、今日課題を片付けようとしているクラスのメンバー8人分ものアイスを買わされそのまま本日の目的地──例のゲジ眉毛委員長の家へと向かわされていた。

 持ってこいと言われた課題は、当然の如く家に置いてきた。

 何が悲しくて夏休み開幕から4日目で課題を終わらせないといけないのか。そもそも夏休み開幕4日目で課題を終わらせようとする行為自体が悲しく虚しく侘しい行為だと僕は思う。

 だから僕は、無理やり呼ばれた勉強会に課題を持っていこうという気持ちは当然のように抱かなかったし、寧ろみんなが勉強している横でゲジ眉毛の家の床に寝そべってスマホゲームでもやっていようと思うのだけど、そんなことをすれば少なくとも今回の参加メンバーの女組とゲジ眉には文句を言われることは目に見えていた。それでもやるのだが。

 そして僕はこういう性格なのだと小学校から数えて11年の付き合いになるクラスメイト達には少なくとも理解されていると思うので、寧ろなぜ今回の勉強会に自分を誘うのかが全く理解できないのだが、「恐らく奴らは常人的な僕の思考回路とは遠く離れたブラジルのナマズみたいな思考回路の持ち主で、マトモな会話を望むこと自体が馬鹿馬鹿しいことなのだ」ということを自分に強く言い聞かせながら自転車を漕いで進むこの上り坂でさえも今の僕にとってはタダの苦痛にしかならない。

 というかどんな状況であれどんな人間であれ、炎天下の真夏日に荷物を背負って自転車を押しながら急な上り坂を登ろうとすればストレスが溜まるのは間違いないのだ。

 僕のじいちゃんがメチャクチャ禿げているのも多分、この坂の上に住んでいるせいだ。幼い頃から毎日この坂を昇り降りしてるんだから、上の髪は抜けてるけど、多分下の陰毛はボーボーなのだ。

 そんな馬鹿なことを考えていれば、思っていたよりも短い体感時間で目的地のゲジ眉毛一家の駐車場に到着した。

 ヤツの家は坂の上の僕のじいちゃんの家を過ぎたあとの下り坂、それを300mほど進んだ先にあった。

 やっと着いたという安堵を一瞬だけ抱いたのだが、僕は自分の洪水のような汗が張り付く衣類の存在に気づき、同時に着替えを持ってくるのを忘れた事実を思い出し激しく後悔した。

 多分今僕が見知らぬ少女にアイスをぶつけられたら問答無用で顔面を30発は殴っていたと思う。法律に触れようがなんだろうがお構いなく、だ。それほどまでに今僕は怒っていたのだが、よくよく考えてみれば昨日洗濯ものをサボったから着替えなど元々存在しなかったことを思い出すと少しだけ気が楽になった。

 ここまで辿り着く間に溜め込まれた様々なストレスはアイツらの勉強を妨害することである程度解消してやろうと考えながら、僕はゲジ眉一家の玄関前にあるインターホンを鳴らした。

 それが、僕が彼の家のインターホンを鳴らす最初で最後の機会になるとは、この時の僕は「こんなクソ野郎の家には死に物狂いで助けを呼ばれようがもう二度とこない」と決意していたので、まあまあなんとなく思ってはいたけれど、まあそれは置いといて、それが、僕が、この家のインターホンを押す最初で最後の機会となったのだった。